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「苦心の末、オーダーメードのようにピタリとはまった演奏、新しい自分開拓できた」

――モーツァルトの「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」でソプラノ独唱、久野真理香さん――

久野真理香さん

(©J.F)

鹿児島で音楽活動を続けるソプラノの久野真理香さんは、9月11日のコンサート前、声楽の恩師であり、指揮者でもあるウーヴェ・ハイルマンからモーツァルトの「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」を歌わないか、と提案されたとき、最初に頭に浮かんだのは「できるかな」という思いだった。というのも、ハイルマンのもとで学んだ沖縄県立芸術大学の学生時代、この曲は「どちらかというとメゾソプラノに近い自分の声には難しいのでは」と感じて楽譜に向き合うのを避けてきたからだった。

 

「この曲のようにコロラトゥーラという音を転がすような技術を駆使するものは、自分のレパートリーにはありませんでした。この曲にはコロラトゥーラを駆使しなければならない難しい音のフレーズが多々あり、その音を覚えるのと、フレーズの作り方、また息をどういう風に流したらその音がだせるのか、コントロールするのがとても難しかったです。でも、何度かハイルマン先生のレッスンを受けて、先生の言葉のマジックにはまってしまって・・・・。いつもよりも練習の量も多かったと思います。そのせいか、本番では、先生が指揮するオーケストラの、まるでオーダーメードのような演奏に、自分の演奏がピタリと当てはまった、そんな感覚を覚えました。そういう意味で、新たな自分を開拓できたコンサートだったと思います」

久野真理香さん

9月11日のコンサートで(©J.F)

鹿児島の高校を卒業後、久野さんが沖縄の大学に進んだのは、そこでハイルマンと、彼が結婚して日本に移住するきっかけになったソプラノの中村智子さんが教鞭をとっていたからだ。ドイツでオペラ界の星と呼ばれたハイルマンと中村さんという二人の声楽の巨匠から直接学びたいという思いがあった。それから18年。大学の授業だけでなく、プライベートでも食事に行くなど、二人の恩恵を受けながら育ったという。ハイルマンの「弟子」の一人だ。

 

「ハイルマン先生がシンフォニーの指揮も始めたのはここ数年のことですが、声楽って呼吸が命じゃないですか。オーケストラと合わせるときの息づかいだったり、フレーズにおける様々な解釈方法だったり、まるでそこに作曲家がいるように、泉のように言葉巧みに解釈の仕方が湧き出てくるところは、テノール歌手として数々の演奏に臨んできた底知れぬ経験があるからで、そこから私たちに多くのことを伝えようとしている。そんな思いがよくわかります。それがハイルマン先生のすごさだと思います」

 

レッスンのとき、久野さんがもう少しゆっくりでも良いのではと思った部分も、ハイルマンが「速く、速く」とテンポを上げていく。ハイルマンは言った。「YouTubuに出ているような普通の歌い方、ああいう演奏はしたくない。もっと新しいことをしたい。これは世界初の試みなんだよ」。本番はその通りになった。

 

音楽の仕事も遊びも100%全力で臨むハイルマン。あるとき何気なく口にした彼の言葉が久野さんの頭から離れない。「Musik ist Balsam für die Seele.(音楽は魂のくすりである)」

 

コロナ禍が続いて3年。息を出すことが多い声楽は悪者になった。「私たち音楽家は、モーツァルトやバッハ、ヘンデルたちが残してくれたこの音楽をコロナでなくすようなことがあってはなりません。音楽の灯火を消さないように、命がある限りずっと歌い続けていくことが私の仕事かなという思いを強くしています。先人たちが残してくれた音楽を、今を生きる人々の魂のくすりになるような音楽を、ハイルマン先生とともに演奏していきたいと思います」

久野真理香さん

©J.F

久野真理香さんのプロフィール

鹿児島県出身。鹿児島県立松陽高校音楽科を経て沖縄県立芸術大学へ。同大学音楽学部音楽学科声楽専攻を首席卒業。卒業時に西銘順治賞受賞。第63回南日本音楽コンクールにて鹿児島信用金庫賞受賞。第43回鹿児島市春の新人賞受賞。2019年イタリアボローニャにてリサイタル開催。2022年、かぎん文化財団賞受賞。声楽を巻木春男、ゴウ洋子、片野坂栄子、中村智子、Uwe Heilmannの各氏に師事。現在、鹿児島県立松陽高等学校音楽科非常勤講師、鹿児島国際大学国際文化学部音楽科非常勤講師、霧島国際音楽ホール協力演奏家、たにっこ保育園リトミック講師、ヴェリタスこども園リトミック講師、Mttcanto音楽アカデミー代表。