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斬新さの中に面白さ、コロナ禍の挑戦で再認識した音楽の楽しみ

――モーツアルトの「協奏交響曲変ホ長調」でファゴットを担当した久保由香理さん――

久保由香理さん

(©J.F)

久保由香理さんにとって、モーツアルトの「オーボエ・クラリネット・ホルン・ファゴットと管弦楽のための協奏交響曲変ホ長調」はドイツに留学したときを含め、何度か演奏したことがある曲だ。9月11日のコンサートに向けてオーボエの片倉聖さん、クラリネットの堂園さおりさん、ホルンの山下美喜子さんとともに、指揮者のウーヴェ・ハイルマンと最初の音合わせをしたときの驚きを久保さんは忘れない。強弱の付け方といい、どのように演奏の山場をつくっていくかというフレーズの作り方についても、自分が考えてきたものとハイルマンの考え方が大きく異なっていた。むしろハイルマンの提案は久保さんの考えとはまったく逆だった。

 

ただ、話を聞いているうちにハイルマンが示す音楽の方向性が「ものすごく斬新で、そういう考え方もあるのか、面白そうだな」と感じてしまったのが不思議だった。「その方向性でやってみたい」と意欲が沸いてきた。

 

その後、ソリストの4人で何度か音合わせをする中で、それぞれの音楽性を議論しながら、試しあいながら練習を進めていった。新鮮な驚きがあった。ハイルマンとオケとののリハーサルでも彼が指揮台で身体全体を使って表現していること、その奥にあるものを感じ取りながら練習を繰り返して本番に臨んだ。

 

「ハイルマン先生が提案して下さったことを100パーセント実現できたわけではありませんが、自分にはないアイデアや表現する方法をたくさん学ぶことができました。コンサートはその意味で実り多いものでした」

久保由香理さん

久保由香理さん(右)=©J.F

ファゴットとの出会いは高校の時。吹奏楽部に入って最初はサクソフォンをやりたかったが、たまたまファゴットの席があいていた。ファゴットはほかの楽器に比べ音を出すのは容易だが、運指が難しい。吹奏楽部の先生の熱心な指導もあって、ファゴットの楓の木をふんだんに使ったつくりから醸し出される人の心に深く入り込んでいく温かな音色の虜になった。

 

オーケストラには欠かせない楽器だ。ただ、ほかの楽器に比べると認知度が低く、演奏者の数も少なかった。鹿児島にはファゴットの指導者がいなかったため、クラシック音楽の本場、ドイツへの留学の道を選んだ。

 

「教えてくれる人も少なく、ファゴットを勉強するにあたりずいぶんと悔しい思いもしてきました。だから、鹿児島で自分が感じた悔しい思いを若い子たちがしなくてすむように、指導者になりたくてドイツに行きました。演奏活動を通じて若い人たちの演奏の場をたくさん作ると同時に、自分の音楽も高めたい」

 

コロナ禍の3年間、演奏活動が出来なかった。音楽の仕事がいつ戻ってくるかわからない中で、久保さんは3、4年続けるつもりで、近所のお菓子屋さんでパート勤めを始めた。それが逆に新鮮だったという。

 

「これまでは音楽しかやってこなかったのですが、まったく違う分野に、主婦として飛び込みました。そのおかげで、すごく世界が広がったというか、視野が広がりました。音楽をしていると、皆さんそうだと思いますが、奏者として自分の演奏を見つめ続けるという意味で、自分との戦いです。すごく孤独で、それが独りよがりにつながる、自分でも偏っているのではないかと思うことがありました。でも、まったく違う世界で、プライドも捨てて、人としてもっと伸び伸びやっていい、音楽ももっと伸び伸び学んで良いのでは、とすごく解放された気分になりました」

 

コロナが落ち着いて演奏会が戻ってくると、「コロナの前よりも音楽を楽しんで伸び伸びと演奏している自分に気がついた」という。そのタイミングで迎えた9月11日のコンサートだった。

 

「ハイルマン先生の言葉がひとつひとつ自分の中にすーっと入るようになりました。先生にも率直に意見が言えるようにもなりました。ハイルマン・オケをすごく身近に感じた演奏会でした」

 

12月11日にはハイルマン・オーケストラとハイルマン合唱団によるヘンデルのメサイヤのコンサートがある。もちろん久保さんは大好きなファゴットを演奏する。

久保由香理さん

演奏を終えた久保由香理さんとウーヴェ・ハイルマン(©J.F)

 

久保由香理さんのプロフィール

鹿児島大学教育学部音楽科卒業、 ドイツのアウグスブルク大学、レオポルド・モーツァルト・ツェントルム修士課程を首席で卒業。第19回鹿児島県新人演奏会に出演。第93回鹿児島大学学友会管弦楽団定期演奏会にてソリストとして同管弦楽団と協演。第41回鹿児島市春の新人賞受賞。現在、鹿児島国際大学国際文化学部音楽学科非常勤講師。みやまコンセール協力演奏家。日置ジュニアオーケストラ指導員。鹿児島大学学友会管弦楽団木管楽器トレーナー。